神戸の職人さん

神戸の職人さん
神戸の職人さん

妻が決まって行く店が海岸通りにあって、私も付き合って行くことがあります。
乙仲通りという名前でも呼ばれるその街は輸入仲介業の会社が多くあって、雑居ビルがたくさん建っています。そのビルの中には小さな雑貨店や職人さんの店が数多くあり、独特の良い雰囲気がある神戸の散歩スポットのひとつです。

私がそこに行くペースだと、前来た時にあった店がなくなっていたり、違う店に代わっていたりしていて、街の変化がよく分かります。
どの店もそれぞれの店主が、自分の力やセンスを信じて夢を持って始めるけれど、
神戸の感覚ではけっして家賃は安い方ではないと思うので、採算が採れなければ店をたたまざるを得ません。
中には成功してもっと良い立地に移って行く店もあるのだろうけど、たたんで消えてしまうケースがほとんどだと想像しています。
革職人さんの店は意外と多く、神戸はやはり革の街だと改めて思います。
それぞれの職人さんが特長ある物作りをしていて、作品を見せるセンスも、店作りのセンスも私から見るとお洒落ですごいと思えるのに、多くが消えていくのはなぜだろう。
でも実は、消えていく店と残る店の力の差はそれほどないのかもしれない。

当店は周りの人に恵まれるという運があったから今まで来ることができていますが、もし海岸通りに店があったらどうなっていただろうと思うことがあります。
どちらが人通りが多いか少ないかという問題ではなく、場所が変わると全てが変わってしまうから全く予想ができません。
当店に革製品を卸してくれているカンダミサコさんも神戸に工房を構える作家さんで、海岸通りにお店を出す人たち同様、最初は無名の革職人でした。
しかし、カンダミサコさんは今も活動していて、全国的にもその名が知られるようになっている。
残る人とそうでない人の違いが何なのか私には分からないけれど、カンダミサコさんに才能があることは分かるし、始めからブレずに自分らしいものを作り続けている。
控えめでガツガツしたところが全くないのは、ル・ボナーの松本さんと似ていて、そんな人たちの姿勢に私も共感します。
カンダミサコさんの全ての作品に言えることですが、システム手帳はスッキリしていて、でも独自の工夫があって、上手く言えないけれどサマになっている。
良い素材を使って、時間をかけて丁寧に物作りをしているので、結果的に価格は安くないけれど、その良さに気付いてくれた人が使ってくれたらいいという余裕のようなものを感じます。
その余裕は、もっと売りたい気持ちを抑えた我慢から出るもので、その我慢ができないと価格だけの競争に巻き込まれたり、不本意なものと比べられたりしてしまう。
大きな組織ではない個人の職人さんが、自分の持つ技術とセンスで生き続けて行くことは大変なことだと思うけれど、そうやって生きている人たちの作品を扱っている。そのことを誇りに思っています。

⇒カンダミサコTOPページ

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*前の記事「カンダミサコクリスペンカーフのペンシース再製作完成」